終わりよければ全て良し。

≪昌也≫

(年始に書きましたが、5月になって投稿しています)

2025年の大晦日。我が家は懲りずに甲府幕に向かった。
9幕に残した最後のプロジェクトを完遂させに行くためだ(結花が、、)。

12月9日に林道のゲートが閉まって以降、ゲートのずっと下方に車を停めて、そこから1時間ほど歩いて甲府幕にやってくること2回。気温10℃未満の甲府幕は、11月頃とはまた違ってフリクションの効きが格段に上がり、それまで保持できなかったホールドであっても自在にムーブを起こせるようになったりする。今回のプロジェクトに関してもまた然りで、11月下旬ぐらいになってからその恩恵を受け、ようやく勝負ができるようになってきた(結花が、、)。なので、フリクションの厳しいルートを本気でやるならゲートが閉まってから通うぐらいでもいいのかも知れない。気温が5℃前後であっても、風がなくて日が出ている内は比較的暖かく過ごしやすい。

尚、山梨県はもともとクマは出ないという話を聞いていたのだが、昨今のニュースを見ていると、12月になってからも山梨県内でのツキノワグマの目撃情報がたくさん出ているので、いちおうクマ鈴を買って、チリンチリンと鳴らしながら、常に注意を怠らないようにして誰もいない岩場までやってきた。また、林道のゲートが閉まった後の期間は猟師が山に入るので、誤射に対する注意が必要だが、さすがに大晦日は猟師も入っていなかったようで鉄砲の音はしなかった。

さて、今回のこのプロジェクトは2020年に結花が目を付けたラインで、当初はライン全体が苔に覆われており、苔掃除を始めたもののほとんどホールドが出現せず開拓を諦めたラインだった。しかし、そんなホールドの乏しい厳しい垂壁を探していた私が、そのラインを譲り受け、ひたすら掃除をしてラインの表面を一旦丸裸にした。そしてロープでぶら下がりながら登攀可能かを確認し、何とかギリギリ登れるだろう、少なくともクライマブルだと判断してボルトを打つことにした。

各所のムーブは異常に難しいので、できるだけ簡単かつ安全にクリップができる場所を選んでボルトを設置した。核心は2カ所あり、いずれのパートも自分の全ての技術を投入しても、できるかどうかのギリギリのものだった。特に二つ目の核心はそれまで見たこともないようなムーブになったので、奇跡的にそのムーブが完成した時には、絶対一本のルートとして仕上げたいと思った。核心は、それぞれ1級か初段ぐらいあり、それが2回連続してでてくるので、持久力的にも歯ごたえがあるストレニアスで面白いルートになりそうなことは間違いなかった。

しかし2021年の秋、私はグランドフォール事故を起こし、1年半後ぐらいに復帰してこのルートに戻ってきた時には、何にも出来なくなっていた。結花もチャレンジしてくれたのだが、私が想定していたムーブではリーチ的に歯が立たず、それほどやる気が起こらなかったようだ。それでも少しずつやる気を起こしてくれて、私のバトンを引き継いでくれたのだが、ムーブが悪すぎて断念仕掛けていた。しかし、この世界には垂壁マニアなる人種がいるもので、甲府幕にもよく通い、ここ数年は小川山でニンジャをトライしているNカムラさんに遭遇したので声を掛け、このルートにトライしないかと誘ってみた。

結果、結花のできなかった下部核心は解決したものの、上部ができないということで、結花と一緒にセッションしている内に、なんと二人とも全てのムーブが解決できるようになった。ちなみに私はこのルートへの未練はなくなっていたのだが、とにかくラインの設定者としてこのラインを完成させたいとは思っていたし、ルートとして完成するならどちらが登っても良いと思っていた。ルート名は「蜃気楼」。ボルトを打った頃に名付けており、我が家ではこの頃から「蜃気楼」と呼んでいた。核心のムーブを考えていた時に、これで出来ると思い描いていたビジョンが何度も崩れ、希望を持って思い描いていた数々のムーブのビジョンが蜃気楼みたいなものだなと思ったからだ。

今となっては、そのルート自体、私にとって本当に蜃気楼のようになりつつあるが、二人にとっては現実のものとなりつつあった。一つ目の核心に関して、結花はリーチムーブを切り捨て、最終的には何を持っているのかわからないような岩の皺を使ってオリジナルムーブを作り上げた。右足もエッジ、左足もエッジ、左手は岩の皺、右手はつるつるの極小ホールド。後からトライする人は、核心部に辿りついた時に「何かの間違いじゃないか」とか、「ホールドが欠けたんじゃないか」と思うかも知れない。確かに開拓中のトライ段階で、多くのホールドが欠けたが、核心部分に関しては多分もうこれ以上は欠けないというぐらいに欠けて洗練されている。今の形が恐らく最終形だ。

二つ目の核心に関しても、多くの人にとっては恐らく意味不明。初見だと「これって登れないよね?」となるはずだが、ムーブを自力で解くのが好きな人にとってはとても面白い核心になっている。そして、レストを挟んでその二つをの核心を繋げなければならない上に、両方繋げてくると最後は最後で十分落ちれるラストランが待っている。ちなみに、右側の壁は使わないという限定がある。やればわかると思うのだが、左側のフェイスだけを使って登るラインにこそ魅力がある。

大晦日、最初の核心を初めてとめたその便で、結花は終了点まで駆け抜けた。
ビレイをしていた私から見ても、全てのパートがギリギリで、全くゆとりがないように思えた。
2つの核心が終わった後も、レストを充分に入れて慎重に登っていた。
最初にボルトを設置した時に想定していた通りの登りを結花が体現していた。
こうして、ラインの発見から4~5年の時を経て、ようやく蜃気楼は完成した。

グレードに関しては、一緒にトライをしてくれたNカムラさんが「13aじゃ効かないですよ」、「佐久のキッチンマンマ13bと同じか少し難しい」と言い、結花は太刀岡の「スティングレイ13bより難しい」、けど、小川山のプラズマ火球13cに匹敵するかと言われると13cは付けづらい、ということで13bということで落ち着いた。

尚、この日私は、蜃気楼の隣にある「ピンポンダッシュ12a/b」というルートをRP。
ちなみにこのルート、私が引いた「蜃気楼」の下部2本を使い、途中から左上後、終了点はこれまた私が引いた「ジェンガ12a」というルートの終了点で終わる。

私が蜃気楼で悪戦苦闘していた頃、(木村)伸介さんが、「ちょっとその(蜃気楼の)2本借りるよー」と言って、蜃気楼の下部とジェンガの終了点を斜めのラインで結び、僅か半日で完成させて駆け抜けるように去って行ったルート。まさにピンポンダッシュ。伸介さんからルート名の由来を直接聞いた訳ではないのだが、そのルートに「ピンポンダッシュ」という名前が付いていたのを知って、私にだけは意味が分かった。粋な人だ。

そんな訳で、我が家はようやく甲府幕の呪縛から解放された。
これでもう甲府幕に残されたプロジェクトはない。
ホントに色々あったけど、我が家の甲府幕開拓史はここで一つの区切りが付いた。

長い闘いだった。

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