挫折

2年前に事故で怪我をして以来、復活のモチベーションは開拓の途中だったルートに戻って、それらを完成させることにあった。

何を言ってるかというと、事故を起こす前の半年間は某岩場で開拓をしていて、完成したのに登れないままプロジェクトとなっていたルートが2本と、ボルトを半数しか打たないまま放置していたルートが1本あったので、これらのルートを完成させることだけを目標に、2年間リハビリとトレーニングを続けていた。

開拓自体はそれまでのクライミング観を覆すくらい面白く、開拓こそがクライミング、自分で開拓したルート以外は登れなくても良いやと思っていた一方、自分が開拓したルートは強い思い入れを持ってラインを選び、時間を掛けて掃除をし、ボルトの位置も色々考慮して位置決めをして完成させていた。プロジェクトとなっていたルートはいずれも垂壁。その内の一本は、当時の自分の技術でギリギリムーブがバラせるかどうかで、もう一本はボルトを打つ時にトップロープで試登した時にClimbableだと思ったものの、いざ取りついてみると全くできなかったので、指を鍛えて出直そうと思っていた。時間はその時から止まっている。

手術のタイミングや、体の回復具合、岩場のシーズンとの兼ね合いで、ようやく最近その開拓現場に戻ってくることができたのだが、本丸を攻める前にまずは垂壁に慣れるべく、比較的優し目のグレードから取り付いてみたものの全くできない。9月24日に来た時は、11cを登るのに半日掛かり、11dはトップアウトがやっとだった。とにかく体を壁に付けるような動きが全然できない。

「あれっ?そこ足上がんない?」

そんな声で下からアドバイスをいただくのだが、柔軟性を失った私の下半身は全くいうことを聞かず、普通の人が簡単にできることもできなくなっている。その前の週にも小川山に行った時、一緒に行った仲間がいとも簡単にこなしているパートが全くできず、「そこ、グレード付いてないよ」とか言われて泣きべそをかいて一日終えたところだった。

「まあでも、コブさんもともと足使えてないから、心配ないよ!!」というEちゃんのエールが、全泣き状態の心に深く刺さる。

そして10月8日、ついに目標としていたルートと再び対峙。その前にアップで取りついた11bでドテン山だった時から嫌な予感はしていたのだが、やはり全くできない。以前に可能性を感じていたパートも全くできない上に可能性も感じない。嘆くというより、もう無理なのだということを自然に受け入れた。

クライミングやめようかなー。このルート滅茶苦茶いいルートだったんだけど誰かに譲るか公開プロジェクトにするかなー、と半日考えて帰宅。2年前の健康だった時に描いたビジョンだけが残っていたのだが、そのビジョンは健康な体があってのもの。最初に入院した時に、医師から「基本的に元には戻りません」と言われていた事が、こういうことだったのかと、いまさらながらに腑に落ちる。健康だったとしても歳を取れば色々衰えてくることはわかっていたのだが、それが15年ぐらい早まった感じだ。

これからどうするのかは白紙。とりあえずトレーニングだけは続けよう。

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