≪昌也≫
ここ数年、「日本100岩場」とは別に、瑞牆や小川山などでは岩場別のトポが作成されてきたが、その制作チームが甲府幕のトポの制作を進めているらしい。それに伴って、先月はトポの写真撮影の協力に行ってきたのだが、今度は翻訳家のLisaさんが甲府幕に来るので、それに合わせて岩場に来ないかというお誘いをいただいた。なんでも、ルート名の由来等が知りたいとのことだったので、11月22日に日帰りで甲府幕に行ってきた。
甲府幕には、我が家で16本のルートと1つのボルダー課題を開拓しており、自分達にしかわからないようなルート名がいっぱい付けられてある。それまでLisaさんとはお会いしたことがなかった上、外国の方のようだし、自分達が付けたヘンテコなルート名をどうやって説明しようかと思って説明の仕方を事前に考えておいた。しかし、実際にLisaさんと出会って1分ぐらい話した時点で、日本語ぺらぺら、かつとても理知的、尚且つその後の会話で私の想像をはるかに超える理解力を持った人だとわかって、とても驚かされた。

例えば、結花が6幕のルートに付けた「牛を忘れる(12a)」というルート名。これは、仏道修行の悟りに至る過程を10段階で表した十牛図の7番目にあたる「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)」を、日本語でかみ砕いた言い方である「牛を忘れる」から取って付けたものだ。
十牛図は、元々中国北宋時代の臨済宗流派から出ているらしく、日本でも禅宗に取り入れられているのだが、解釈の仕方は色々ある。ざっくり言うと、牛は「真の自己」を意味しており、仏性の象徴で、それと一体になることが悟りの境地という位置づけになっている。

悟りの修行は、真の自己(牛)を探しに行くところから始まり、「探したけど、真の自己(牛)は見つからない」というのが第一段階の「尋牛」。やがて、「真の自己(牛)」を見つけても、直ぐにまた迷い始めるのが第四段階の「得牛」。やがて、真の自己がブレなくなっていくが、さらには真の自己(牛)自体のことも忘れるのが第七段階の「忘牛存人」。悟った状態が当たり前になって、悟ったこと自体も忘れ、悟ることへの執着自体もなくなっているほどの境地ということらしい。ちなみに悟った後にも修行は続き、第10段階では、「悟った後に再び世俗の世界に入り、人々を悟りへと導いていく。」という段階が設定されている。確かに仏陀も36歳で悟った後、84歳で死ぬまで説法をして回ったとされている。そこが第10段階という訳だ。
これをLisaさんにどう伝えようかと思って事前に考えあぐねていたのだが、いざ十牛図の話をしようとしたところ、Lisaさんの方から、
「『Ten Bulls』のことですね。「牛を忘れる」は、英語ではThe Bull Transecendedですが、今回は「Transending the Bull」にしようと思います。」
との返答。

我々に会う前から、こうしたルート名を既に全部調べてあったようだ。何だこの理解力と頭の良さは!!と思ってホントびっくりした。そもそも日本人でも、「牛を忘れる」から「十牛図」に辿り着ける人はそんなにいないと思っていたのだが、、、
ちなみにその会話の際にLisaさんが持っていたトポの原稿には、私が開拓したボルダー課題の図と名前もメモされていた。課題名は「We will we will 6級」。ロクスノ2024年3月号で甲府幕の新しいエリアが特集された時には載っていなかったのだが、2020年に初登して、開拓メンバーには周知していたボルダー課題だ。
7,8年前に、岩場に出かける車の中でクイーンの曲を聞いていた頃、突然頭に振って来て頭から離れなくなったフレーズが「We will we will 6級」。2018年に、クイーンの伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」が流行っていた頃には、あのメロディが街で聞こえるたびに、これしか頭に浮かばなくなった。
そして、2020年に甲府幕で開拓をした際、手頃でジャスト6級と思われる岩を見つけたので、頑張って掃除して初登し、満を持して命名した。自分としては質の高いクラック課題だと思っている。次のトポに載るのかどうかはわからないが、誰かが制作チームの一員であるLisaさんにインプットしてくれていたようだ。トポに載っけてくれるなら、岩の名前は「女王岩」がいいな。

この日は、夜の食事の時にもLisaさんと色々なルート名の話をした。ここに書き出したらキリがないので気が向いたら書こうと思うが、一つ面白い話を聞いたので書いておく。甲府幕第一幕に、大昔からある「ジベリングス」。20年ぐらい前から知っているルート名だが意味を全く知らなかった。Lisaさんは、その由来を調べていて、説明してくれた。

‐昔、JB(Jean-Baptiste)Tribout(通称ジベ)というクライマーが、世界中の開拓岩場でプロジェクトを横取り初登していて、甲府の開拓クライマーの間では、その行為を「ジベる」「ジべられる」と呼んでいた。
‐このラインも、設定者を差し置いてある人が登ってしまった(ジベリング)ことから、この名前が付いた。
名前の参照リンク:https://x.com/gniyama/status/1803426736606159064
トポも良いけど、こうしたルート名の由来も色々調べて本にしたら、読み物として面白いだろうなと思った一日でした。

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