ミトン


この数週間は毎週瑞牆に通ってクライミングをし、帰り道は山梨に入院している友人クライマーの所にお見舞に行っている。多分お見舞いに行きたい人は他にもいると思うのだが、狭い病室に多くの人が押し掛ける事を懸念していたり、諸々の事情で遠慮している人もいるようだ。幸い自分はこの4週間は毎回お見舞に行っており、今週末の彼の状況ならブログに書いても問題ないと思えるほどの状態にまで回復していたので、簡単に報告しておきたい。

入院当初は、生存回復率20%という重篤な状態だった彼も、40日経過した今月始めには筆談ができるようになり、遂に今週は話せるまでに回復していた。また、動かせる右足でベッドを蹴ってナースを呼んだり、深夜にベッドから這い出そうとするようにまでなったので、他の患者の迷惑にならないようにと、先日から個室に移動させられたとのことだった。看護側の都合による移動ということで、無料で個室を勝ち取ったそうである。お陰で今日は御見舞に居合わせた9人全員が、彼を囲って談笑する事ができた。

2週か3週前に、Sかもとさんと「レジェンド」のYすえさんが御見舞に行った際には、彼がSかもとさんの差し伸べる手を無視してYすえさんにだけ握手をしたらしい。それ以来Sかもとさんが、「レジェンドが相手だと対応が違う」「俺に対する敬意が無い」的な、やや不満を織り交ぜたネタを最近岩場で披露しているので、この日は話せるようになった彼にその話題を直接ぶつけてみた。すると、彼はこう答えた。

 『Sかもとさんは「エロ」のレジェンド。』

Sかもとさんに対する敬意も忘れていないようだ。それより何より、話す事ができるようになったと言っても首に呼吸補助機を付けていて非常に喋りずらそうにしている彼が、それだけを言うために口を開いた事に甚く感動した。

また、彼はベッドで安静にしていなくてはならない身であるはずなのだが、病院側の予想を超える生命力を発揮しており、「明日退院したい」ともらし、夜中には勝手にベッドから這い出ようとするので、最近は寝る前に手にミトンを被せられ、腕を縛られているらしい。
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   彼の自由を奪うミトン

自由をこよなく愛する彼は、「ミトンは要らない」と強く主張し続けているそうなのだが、今回御見舞にきた我々に対してそんなエピソードをMさんが説明している時、彼は私の顔を見て

 
 『KOBU’sキッチンに持ってっていいよ。』

と言っていた。瀕死の重症を負い、もう話せないかと思っていた彼との最初の会話が『KOBU’sキッチン』ネタだった事に驚かされる。この1ヶ月間の記憶は曖昧でもKOBU’sキッチンの事は覚えていてくれたのが嬉しい。
その他にも、リハビリの状況については、自ら詳細を説明してくれた上、

 『リハビリのトレーナーの態度が悪い。』

などと、どの口が言うのかというような悪態をつき、彼らしさがだいぶ戻っているのがわかった。
こんな時でも口を開けば彼がムードメーカで、話を聞いている内に周囲の9人も安心感を覚えて、その場が次第に楽しい場へと変わって行く。最後の方は、この際聞いて見たかった質問を誰からともなくぶつけてみた。

 『幽体離脱した?みんなが自分を助けてる姿を上から見てるやつ。』
 『してない。』

 
 『お花畑見えた?』
 『・・・・』

  
 『三途の川見た?』
 『見てない。』
 

 『不思議な能力とか付いちゃってんじゃないの?
  スプーン曲げられるとか、透視能力とか』
 『・・・・』
 『パンツの色とか透けて見えたら良いよね?』
 『・・・・』

中年オヤジ率が6割を超えると、ちょっとしたきっかけで話がおかしな方向に進んでしまうのが情けない。そうこうしている内に1時間が過ぎ、面会時間の20時を超えたのでお開きになった。彼は誰に対しても最後まで律儀で、特に直接自分を救ってくれた人に対して丁重なお礼を言う事を忘れていなかった。また、クライミングへのモチベーションは失っておらず、御見舞に行った我らが逆に元気を貰って帰路についたのであった。

 
 
 

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